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最高裁判所第二小法廷 昭和28年(オ)1144号 判決

上告人 江畑久喜(仮名)

被上告人 江畑フミ〔仮名〕

外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人古賀久仁衛の上告理由第一点、第四点について。

所論戸籍届出委託確認審判の効力に関する原審の判断は正当である。所論は畢竟独自の見解に立つて原審の右判断を非難するものであり採用できない。その余の論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)

○昭和二八年(オ)第一一四四号

上告人 江畑久喜

被上告人 江畑フミ

同 外一名

上告代理人古賀久仁衛の上告理由

第一点

戸籍届出委託確認審判の効力について

原審は戸籍届出委託に対する裁判所の確認は私法行為の効力を確定し又は効力要件事実の存否自体を確定するものではない、単に委託による戸籍届出の届出人死亡後における受理要件に止り届出委託の事実を終局的に確定するものではないと判示された。

依て

控訴審の判断を考覈してみますとそれは誤である。何となれば戸籍届出の委託があり届出人の死亡後その届出をなすには裁判所の審判を受けることは戸籍吏が届書を受理する要件であるが、しかし戸籍届出委託確認の審判そのものは届出人が果して真実戸籍届出を委託したか否やその事実存否の自体そのものを審査するものであり、その申立が審判で認容された場合は、即ち裁判所が委託された事実を認定したものであり、従つて抗告期間を経過した以上判決に依りても最早之を覆す途はない。

而して審判確定の効力は、確定判決と同一執行力ある債務名義となるので再審の事由があり取消の判決がない限り審判の効力に消長はない、従つて原審は法の解釈を誤りたもので違法の判決であるから破毀さるべきものであると信ずる。

第二点

審判の効力に関する原審判決が正当なりと仮定せる場合について

一、仮に原審の審判の効力に関する判断が正当であると致しましても、戸籍届出委託の事実の有無は審判裁判所があらゆる証拠に依り之を認めている。然るに原審は、一部の証拠に依り判断をなし且つその審理は証拠の認否を誤り、且又戸籍届出委託確認事件は身分関係の公益事項に関するものであるから証拠につき職権調査を要するのに原審は職権採証の事実なく、又事実に副ふ証拠は措信されないと排斥された原判決は此の点に於て採証を誤り事実を不当に認定、且つ審理不尽の違法あるものであるから破毀の上本件を高等裁判所え差戻さるべきを至当と信ずる。

尚ほその詳細の事由は左記陳述の通りである。

二、上告人が江畑家の養子となりたのは果して相続人となすためでありたか、誰の養女となすのでありたか、訴外江畑一夫は上告人の父母に対し如何なる相談をなしたか、訴外スエと如何なる協議をなしたのかについて上告人の実父訴外田口明その他の親族を調査すれば真相が判明するものであります。

三、本訴の不動産は訴外江畑一夫の前戸主訴外江畑次郎の所有でしたが、同人が放蕩の結果借財に依り競売されたのをその姉訴外橋田マツか競落をなし実家江畑家え贈与したものである。

四、訴外江畑一夫は昭和十五年二月二日付訴外江畑次郎同人妻スエと養子縁組をなしたが一夫は養父次郎(実兄)が昭和十六年六月○○日死亡に因り家督相続戸主となり又養母スエは夫死亡後間もなく実家に帰り昭和十九年一月○日訴外村田隆の家籍に入籍一夫は単身戸主となりたものである。

五、訴外一夫は軍人であるが、昭和十七年中満洲から休暇を得て帰省、親族の諒解を得自己の相続人となす為一夫の姉ヨシの二女上告人をその父母訴外田口明夫妻に懇請して養女として貰ひ受けたものである。

六、処が一夫は昭和十七年中満洲え帰任に際し、上告人を一夫の養女として縁組の戸籍届出方を親族の者に依頼したが怎うした間違が上告人を一夫の養母スエの養女として昭和十八年十月○○日縁組の手続をなしたものである。

七、上告人久喜の父母も上告人が一夫の養子として承諾したものであり、縁組当時一夫の養母は既に事実上実家に帰りていたもので、スエの養女として決して同意したものでありません。又一夫が被上告人フミと結婚披露宴の際も上告人は一夫の養女として挨拶されたものである。

八、一夫は昭和十八年十月末満洲え帰任に際し、自己の戦死を予想し被上告人フミは田舍に燻り、江畑家祖先の祭祀をなすような性格なものでないことを知り、又上告人の縁組の戸籍手続が誤りているため相続人指定の戸籍届出の委託をなしたものてある。

九、被上告人フミは夫一夫の戦死公報を受け、直後一夫が訴外橋田マツに預けていた一夫の衣類其他の荷物軍用行李三個をトラツクに巡査を同乗させ、強制的に持ち去り又本件の不動産を訴外大村某に売却、同人は更に被上告人斉田忠夫え売渡し東京え引越し間もなく私生子を分娩したものてある。

第三点

原審は上告人が主張した事実に対し審理をなさない違法がある。

一、仮に審判が無効で取消されたと致しましても、被相続人一夫の相続人は被相続人の兄弟姉妹と配偶者である。

然るに被上告人フミは本件の場合相続人は直系尊族と配偶者なりと解し尊族である養母訴外スエに対し相続権を放棄せしめ、裁判所も亦誤つて相続放棄の申述を受理されたから、被上告人フミは之に基き本訴物件につき相続に依る所有権移転登記をなし単独所有者となり、同物件を被上告人斉田忠夫に売却した。

二、被相続人一夫は、昭和二十年三月○○日死亡に因り相続が開始した然るに法定推定家督相続人がないから民法附則二五条二項に依拠せねばならない。

処が前述の如く此場合の相続人は被相続人の兄弟姉妹と配偶者で相続権のないものが相続放棄と云ふことけありえない、仮令形式上放棄の手続をなしても無論何等の効力を生ずるものでないことは申迄もない。

三、スエが被上告人フミと同順位で共同相続人でないことは被相続人一夫が昭和二十年三月○○日死亡前同十九年一月○日既にスエは親族入籍に依り実家え復籍婚家を去りたものである。(乙一号証除籍謄本を利益に採用立証する)依て相続開始前に両人間の養親子関係は消滅しておりますは、旧民法七三〇条二項の解釈上明かであり学説判例も之を認め、スエは相続人の地位に立つものではない従つて一夫の相続人は兄弟姉妹と配偶者であるから、被上告人フミは本訴物件の所有権を実質上三分の二に対し共有権を獲得したに過ぎないものである。

依つて上告人は其旨原審に於て主張したが、此点について原審は何等の判断をなさない違法があり、原判決は当然破毀さるべきものであると信じます。

以上

参照(第二審判決)

主文

原判決中控訴人等敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出援用認否は、被控訴代理人において「本件家督相続人指定の届出の委託確認の審判はその指定届出をなす当時既に確定していたものである」と陳述し、控訴代理人において右事実はこれを争わないと述べ且つ当審証人まつ事橋田マツの証言を援用した外、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

訴外江畑一夫は昭和二十年三月○○日比島において戦死したこと及び一夫の実姉訴外橋田マツの申立に基き、昭和二十四年八月四日福岡家庭裁判所八女支部において、一夫の戦死前同人より右マツに対し被控訴人を一夫の家督相続人に指定する旨の戸籍届出の委託があつたことを確認する旨の審判がなされ、その頃該審判が確定したことは当事者間に争がない。そうして成立に争のない乙第一号証の二によると、マツは右審判確定後同年八月○○日福岡県○○郡○○村役場に右委託による家督相続人指定の届出をしたことが認められる。

控訴人等は、右相続人指定の届出委託は全く虚構の事実であつて、その委託確認の審判は誤判であるから被控訴人は一夫の家督相続人ではないと主張するのである。そこで先づ戸籍届出の委託確認の審判の効力について考えるに、委託又は郵便に依る戸籍届出に関する法律によれば、戸籍届出の委託をした後届出人が死亡しその死亡後その委託に基き届書の提出があつた場合には、同法第一条第一項所定の事実すなわち、届出人が戦時又は事変に際し戦闘その他の公務に従事し自ら戸籍の届出をなすことが困難なため、その委託をなしたことについて、裁判所の確認を経なければ、戸籍吏はその届書を受理することができないのである。しかしこの種非訟事件の裁判は、利害関係人の利益及び公益を保護する見地から国家が私法行為に関し後見的乃至干渉的機能を果すため、一定の要件事実が具備する場合に私法行為の効力完成に必要な一の効力要件を供与すること自体を目的とするのであつて、その私法行為の効力を確定し又は右効力要件の供与に必要な要件事実の存否自体を確定することを目的とするもものではなく、このような事項の終局的確定は本来訴訟の判決にまつべきものと解するのを相当とする。従つて前示法律に基く戸籍届出の委託確認の審判は、同法第一条第一項所定の戸籍届出の委託の事実が認められる場合に一応その事実を確認することによつて身分上の私法行為の効力完成の、一要件としての委託による戸籍届出の届出人死亡後における受理要件を供与するに止り、届出委託の事実を終局的に確定するものではないから、委託確認の審判が確定しても訴訟においてその届出委託の事実を争うことを妨げない。

そこで、更に本件家督相続人指定の届出委託があつたか否かについて検討しなければならない。成立に争のない甲第四号証の二(橋田マツ審問調書)、同号証の三(橋田義夫審問調書)及び当審証人橋田マツの証言によると、被控訴人主張のような家督相続人指定の届出委託の事実があつたかのようであるが、この点に関する右各証拠はたやすく信用することができない。もつとも右各証拠並に成立に争のない甲第四号証の四、甲第五号証の二、乙第二及び第三号証によると、江畑一夫は満洲において軍務に従事中休暇を得て昭和十七年末頃帰国した際、訴外田口明及びその妻であつた一夫の姉亡ヨシの二女に当る被控訴人を江畑家の養女に貰い受けたことが認められる。ただ叙上の証拠によると被控訴人は一夫の養女となつたかのようであるが、成立に争のない乙第一号証の二、乙第四号証、甲第四号証の四によると、被控訴人は昭和十八年十月○○日一夫の養母スエの養女として届出られているのみならず、一夫と控訴人フミの婚姻後隣組に婚姻披露をした際被控訴人は一夫の妹として披露され、且つ一夫が比島戦線に出動してその後郷里において控訴人フミは一時被控訴人と同居していたが、その際被控訴人は控訴人フミを姉と呼んでいた事実も認められるので、被控訴人が果して一夫の事実上の養女であつたとは断定し難い。仮に一夫の事実上の養女であつたとしても、一夫が被控訴人を自己の家督相続人に指定する意思であつたとはいえない。なぜならば、前示乙第四号証、甲第四号証の二及び三、甲第五号証の二、乙第一号証の二と原審における控訴人フミの本人尋問の結果を総合すると、一夫は被控訴人を江畑家の養女に貰い受けて後満洲において知合つた控訴人フミと縁談がまとまり、婚姻のため昭和十八年十月帰国し同月○○日婚姻式を挙げ、満洲に帰任後昭和十九年四月○○日婚姻届をなし、控訴人フミは婚姻後満洲に赴き一夫の任地附近に居住し、一夫が昭和十九年八月頃比島戦線に出動して後一夫の郷里に帰つたことが認められるので、一夫は戦時中軍務にあつたとはいえ満洲在勤当時は控訴人フミと同棲の機会があつたことが窺われるのである。さすれば、婚姻前は兎に角婚姻後において一夫が新婚の妻及び将来夫婦間に生れるかも知れない実子をおいて被控訴人を家督相続人に指定する意思であつたとは容易に首肯し得ないのである。

又前示証拠によると被控訴人を一夫の養母スエの養女として届出た実際の届出人は一夫であつて、一夫は控訴人フミと婚姻式を挙げて後三日目にその届出をしたことが認められるのである。もし一夫が被控訴人を自己の養女として貰い受け被控訴人を家督相続人に指定する意思であつたとすれば、何故自己の養女として届出でなかつたかを疑わざるを得ない。しかも本件における総ての証拠を通観し、且つ本件口頭弁論の全趣旨を斟酌すると、一夫が被控訴人主張のような家督相続人指定の届出委託をなしたということは、その委託を受けたという一夫の姉橋田マツと同人からその事実を聞知したという同人の夫橋田義夫以外にこれを知る者がなく、又原審証人斉田一郎、同斉田徹、同大村辰三の各証言右斉田一郎の証言によつて成立を認められる乙第五号証及び原審における控訴人フミの本人尋問の結果を総合すると、控訴人フミは一夫の遺産に属する本件不動産を控訴人忠夫に売渡す際、右斉田一郎等を介して昭和二十三年盆過頃先ず橋田マツに該不動産の買受方を交渉したところ、マツは一応その買受を内諾しながらその後一夫の兄嫁に買わせるのが順序だという理由で買受を拒絶しただけで、被控訴人が一夫の家督相続人であるとか、その相続人指定の届出委託を受けたということは全然申出でなかつたことが認められるのであつて、これらの事実からみても被控訴人主張の家督相続人指定の届出委託の事実は到底これを認めることができない。従つて橋田マツの届出に係る本件家督相続人指定の届出は無効といわなければならないから、被控訴人は一夫の家督相続人とは認められない。

さすれば被控訴人が一夫の家督相続人であることを前提とする被控訴人の本訴請求は、爾余の争点について判断するまでもなく失当であるからこれを認容することができない。そこで右と趣旨を異にする原判決は不相当であつて本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森静雄 竹下利之右衛門 高次三吉)

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